『エドワード8世』感想・1
きりやんのエドワード8世=デイヴィッドはとてもキュートでした。
こういうクセのある人物がぴったりハマる。おかしみがあってほのぼのとあたたかい。
実在の人物だけど、きりやんに宛書された役でした。
愛される人柄とその身分によってデイヴィッドのまわりにはいつも人が絶えない。
愛人も多いけれど、純粋に彼を愛しているだけとは言い切れず、それをチャンスにしようとしている人だらけだ。シャンパンを売り出すために名付けをしてもらおうとしたり。
ビジネスチャンスとして彼を利用しようとしている人が多く、彼自身もそれを理解している。
この作品がいいなと思えるのは、それがすごくドライに描かれていること。
たいていこの状況で、しかも「誰も自分の中身など見ていない」と言う主人公が出てくる場合、主人公は湿っぽく泣いたり嘆いたりする。
「どこかに僕をわかってくれる人がいるはず。本当の僕を見つけてほしい。助けて、僕を」
母親を探すがごとくに。
デイヴィッド自身、包容力のある年上の女性を求めていたとのことだけど、それでもうっとおしく泣かないのがいい。
被害者ぶらないのがいい。
小粋で大人だなと思う。
(ま、うっとおしく泣く=観客の母性本能をかき立てる=男役スターにときめく、につながる宝塚の王道ともいえるんですが)
そしてちゃんと自分で決断し、動いていく。
叱られても、試してみることでどこまで許されるかがわかるという価値があると学び、実践していく。
国王の祝いの場でワルツでなくアステアの歌を流し、退位のラジオ放送も自らおこなう。
飄々としたたたずまいのなかのこの行動力がかっこいい。
他人に迷惑をかけていないとは決して言えないけれど、それに対して言い訳をしないのがかっこいいんだ。
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