『春の雪』感想・1

2023-09-12月組公演感想,月組

月組バウホール公演『春の雪』10月21日(日)と22日(月)のそれぞれ11時公演を観てきました。

●生田作品は今回もアタリだった。
やっぱり好きだ、この演出家。

暗い話だし主人公は困ったちゃんだし日本物だしで敬遠する人もいそうなところだけど、ちゃんと面白かったし退屈しなかった。
たった2公演だけどがっつり観たわ。
2回とも全く眠くならずにのめり込むように観たよ。

●セットが美しい。
蒔絵のような背景や段差をつけるための台にうっとりした。

和歌を書いたしきりの板もいいな。

貴族的な美しさがある。
大正は、洋服と着物をはじめとして、様式に和洋が混在した時代だけれど、それが舞台上できちんと調和していたのがいい。
(ほかの舞台ではこの混じり方が悪趣味になってるときがあるんだ)

●三島の『春の雪』はいくらか宝塚ナイズされていた。

・治典王が聡子を帝国劇場で見初めるなど、恋をする男としてきちんと役になっていたこと。

・原作ではほぼ描かれない聡子の心情が本人によって語られるので、観客にもわかりやすい。
(そのために過去の私は清顕視点で原作を読み、聡子の心情がわからなかったんだな)

全体に恋愛色強め。

それ自体はいいと思う。
『春の雪』世界を思想その他すべて含めて舞台化するには課題が多すぎる。
まとめることのむつかしさ、客層とその需要。
時間的制約もあるし、哲学世界まで踏み込んだところで年齢も人生経験もさまざまな宝塚の観客すべてに理解させられるとは思えない。

それを考えたら恋愛にテーマを絞って舞台を作るのは賢い選択だと思う。

ただ、聡子がお腹に宿った子に希望を見いだし、落飾は堕胎したことによって希望が消えたから、としてしまった改変だけはいただけなかった。

これでは聡子の決断が、逃げや狂乱の沙汰になってしまう。
出家が発心ではなくなり、聡子が安くなってしまう。

ここには主上を裏切ることはできないという公卿の家に生まれた者としての思想も生き方も感じられない。
また、そんなにも子どもを守りたかったのならどうして堕胎を受け入れたのだという疑問が湧き起こってくる。

本来、彼女の出家は守るべきものがあるがゆえの選択だ。
清顕を、貴族としての在り方を、守るべく彼女は堕胎し、出家したのだ。
それが改変により消えてしまった。

子どもへの愛や清顕との繋がりを思う気持ち、そして喪失の悲しみはいかにもわかりやすく観客に受け入れやすいものだろう。
けれど、それは庶民の思想だ。
貴族の物語であるにも関わらず、ここで聡子が庶民くさい考えで行動しては物語世界の土台が崩れてしまう。
娘の運命に「堪忍」という綾倉伯爵夫人も同様。

出家はやはり貴族的典雅のうちにおいておきたかった。
そうでなくては『春の雪』の聡子ではないと思う。

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