●今回楽だったのは出産シーンが少なかったこと。
チキンと言われようがあんな辛そうなものを3回も見たくないわっっ。
なので、今回はキハの出産だけだったのでありがたかった。
●ヒョンゴさんがまっつからじゅんじゅんになったことで面白キャラになった。
まっつのときは若いのにあだ名が「お父さん」「おじさん」「先生」な人みたいだった。
若年寄系。若いのにちょっぴり抹香くさいの。
ついでにいうとコムル村の人々は宗教くさかった。だって村長がまっつだったんだもん…。道士っぽい。なんかうさんくさい。
玄武の神器という宗教アイテムを持ってるのも納得。
でもじゅんじゅんが村長だというだけでコムル村はいきなりお茶目で能天気な村に生まれ変わりました。
神器を持ってるのはたまたま。
城下町に来たのもどちらがチュシンの王か見定めるためじゃなくてただ単に楽しそうだから。
仮装とか楽しい!
そんな感じに「ヒョンゴとスジニと愉快な仲間たち」化しておりました。
まっつのときは芝居冒頭に神話時代の説明という大役を任されてしまって、ヒョンゴさんが芝居を、もっと言えば『太王四神記』の世界観を背負わされてました。
(おそろしいことにそれに応えてたまっつ…乙)
が、今回の星ペではそんな重たいものはどこかにいってた。少なくともヒョンゴさんには背負わせてなかった。
じゃあ星ぺのヒョンゴさんはなんだったのかというと、
超巨編幻想ファンタジーの中に投入されたクレヨン画のようでした…。
なんか間抜けというか、息抜きになるというか、ゆるいというか。
あんまり褒めてないですね、ファンの方すいません。
ぶっちゃけアレどうなのかな? とは思ってます。
人によって感じ方は様々だとは思うので、あれがいい! と思ってる方もおいでのことでしょうが。
●で、ヒョンゴさんの説明の代わりに入ったのが先代の王・ソスリム王(これまたじゅんじゅん)の時代の話。
ここでチュシンの王がタムドクである神託が告げられます。
このシーンが増やされた意味を考えたのですが、ちえのタムドクは生まれながらにして王であるという点を前回に比べて強く出したかったのかな、と。
ちえのタムドクは宿命。
まとぶんのタムドクは運命のあや。
そう感じた。
もちろんまとぶんのタムドクだって生まれつき王たる資質は備えていて、これがまた堂々と王として存在していたんだ。
けれど、ちえのタムドクは「堂々と」を超えて「ナチュラルに」王だった気がする。
まだトップとして新米だし、足りないところはあったと思うんだけど…。
具体的にどことは指摘できないけど、なんとなく「もうちょっと」と思うところはあったんだ。
それでも王として君臨しちゃえるのがちえなわけで。
回りがお膳立てするとか本人が努力するとか以前の問題で、そう生まれてしまったものは仕方ない。
本人の意志とは無関係に王であることが宿命づけられていて、それがちえ本人と重なるようでした。

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