星組御園座版『王家に捧ぐ歌』を見たんだ・2

星組公演感想,星組

ライブ配信で見た星組公演『王家に捧ぐ歌』の感想の続き。

時期的なもの(ロシアのウクライナ侵攻)もあって、過去のバージョンよりも身に引き付けて考えてしまう『王家に捧ぐ歌』でした。

こっちゃんラダメス

驚いたのが、こっちゃんラダメスのいろんなセリフが欺瞞に聞こえたこと。
強い者、勝者側だからこそ言える、弱者側の現実を知らないセリフ。
アムネリスがいる場でアイーダに指輪を渡すふるまいも、それを見られたアイーダがどうなるかという想像力を欠いている。それも「虐げられる側」になったことがないための能天気さとして映った。

アイーダを真っすぐに愛しているのはいいとして、だからってもうちょっといろいろ考えなさいよと言いたくなるラダメスだった。

ただ、これは主演・こっちゃんの演技がどうこうという話ではなくて、「ラダメスってそういう(=脳筋系の)男」というのがストレートに出ただけ。
聞き惚れざるを得ないこっちゃんの美声に、ラダメスの本質がごまかしようもなくあらわになったのかな。

白衣装に金髪だから、ビジュアル的に『ロミオとジュリエット』のロミオを思い出しました。
というか、『王家に捧ぐ歌』ってわりと中身がロミジュリだったんだなというのも今回の発見でした。

ひっとんアイーダ

見た目がもう強い。超絶スタイルの美女です。
腰位置、高っっ!美脚っ!!
野性味のある美人で、ラダメスが目をかけてしまったのも致し方なし。

現実が見えてないラダメスに対し、敗者側の捕虜であるという現状が見えているアイーダ。
ラダメスの想いは嬉しいけれど、素直に受け取ることもできないのが立場ゆえの辛さです。

アムネリスをはじめとするエジプト側に責められるだけじゃなく、親兄弟、いっしょにとらわれたエチオピアグループにも裏切者扱いされてしまう。アイーダにはロミジュリにおける「乳母」はいない。

アイーダは王女という身分ゆえにエチオピア側の望みを投影されてしまう。
有事の際の義務の大きさと引き換えに崇められ、丁重に扱われるのが貴人というもの。
王女という身分・立場というのはそういうものなんだろうけれど、選び取ったものではないだけに不自由なものだなと感じます。

だからこそ「私は女になる」なんだよね。
国もない、親もない、ラダメスという一人の男を愛するただの女に。

しかしアモナスロさんが非常にヤバくて(褒めてる)「父と娘は離れられない」とか言ってないで離れなさいっっ!!って言いたくなったよね……。

くらっちアムネリス

「光ってやがるぜ」をただ一人体現しておられたくらっちアムネリス様。
思いきって釣り目にしたメイクもキラキラしていて(めっちゃ似合ってた)、エジプト随一の、なんなら世界で一番高貴な女性というのを体現しておられました。

さんざんアイーダをいたぶっておきながら、着替えをすませて出てきたときは女官たちに「見苦しいふるまいはおやめなさい」みたいなことを言うのには「あんたが始めたことやろ」と言わずにおられませんが、それも高貴な人ならばこそ許されるのです。

父・ファラオを喪って自らがファラオとなる覚悟を決めるところ。
そして「さあエチオピアを滅ぼしにいきましょう」と歌い上げるところはさすがですね。
恨みを原動力として動き出すキャラが似合う、というのが娘役への褒め言葉としてはいささかレアだとは思いますが、でもくらっちほんとこういうのハマる。

その一方で、ファラオの死の原因がラダメスにあると知り、エジプトを率いる立場としてとラダメスを愛する女としての心に引き裂かれている様も切ない。
エジプトのトップであるファラオなればこそ、ラダメスを地下牢に封じる命令を下さねばならない。そんな辛い運命が自らに訪れようとは、アイーダをいたぶっていた傲慢なころには考えもしなかっただろうから。

アムネリスは本当に良いキャラクターです。
最後に争いの終結を宣言しながら「この命令の空しさは私がよく知っています」と言うところがとても好き。
そう、空しい。
宣言はいずれ破られると知っているから。
それでも宣言することに意味があるのでしょう。ひとときの平和と、ともすれば戦いを始めようとする自らを戒めるために。「さあエチオピアを滅ぼしにいきましょう」と叫んだアムネリスがゆえに。

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