『Arkadia -アルカディア-』感想・3

月組

・この作品のヒロイン=ダリア役を演じたさくさく。
歌も芝居もダンスも達者。
存在感が妙にどんとしてるけれど、ちゃんとしたものを見せてくれる安定感と安心感のある娘役さんです。

・雨の中で寝ているミネット=ありちゃんを拾ったダリアは彼と一緒に住むようになる。
何の気もなくただの気まぐれで拾って、恋愛関係にないまま一緒に暮らす。
ミネットにすれば「変な女」のダリア。

チャンスが訪れたダリアは自分の夢をかなえるためにミネットを置いていこうとする。
いや、「置いていく」という感覚すらないのが、現代の宝塚だなぁと感心した。

――これまでの宝塚って「主人公=男」中心の思考で、「私(ヒロインなり母親なり)が彼を残していったらどうなるだろう、ああ、それでも私は行くの、ごめんなさい」と自分中心の考えを進めることに罪悪感とヒロイズムを持ってたと思うんだよね。
「ごめんなさい」がない人もいるけど、その場合は悪女扱いだわな。
ダリアにはそれがなくて、あっけらかんとしている。
彼女には彼女自身の夢があって、そこに「男」は介在しない。
引き止める力にはならない。

それが、これまでどおりの男役中心の宝塚では「ヒロイン」としての属性の弱さにもなり得るけれど、私にはとても気持ちよかった。
解放された気分になった。

このダリアの描き方が嬉しくて、樫畑センセイっていいなぁと思った。

・2幕終わりごろ、「"これぞダリア" というショーをやってみたいわ」というダリアのために、アルカディアで「皇帝ダリア」が上演される。
(これを最後にダリアはアルカディアを去るので、言ってみりゃサヨナラショーみたいなものです)

そうはいっても当然ありちゃん(=ミネット)中心のショーが作られるものだと思ってた。ほぼ無意識に。

そうしたら、本当にさくさくセンターのショーだった。めっちゃ驚いた。
宝塚で、主演を「脇」に回しての娘役メインの場面は珍しい。

驚きと喜びで胸がいっぱいになった。
実力ある娘役が真ん中で見せ場をもらってるのって気持ちいい。
男役をトップに戴き、男役が中心となる宝塚ではあっても、ときにはこういうのもいいよね。

・さくさくの「ダリア」という芸名の由来は『椿姫』。
説明はされてたけれど、「ダリアなのか椿なのか、どっちやねん!」的に頭がごちゃごちゃになった。
(まぁこれは私の頭が悪いだけか)

・ポスターのショートパンツ姿はありませんでした。
残念。

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月組

Posted by hanazononiyukigamau