『冬霞の巴里』感想・7

花組公演感想,花組

まだ続いている『冬霞の巴里』の感想の続き。
早くBlu-ray出ないかなー。

オクターヴ(ひとこ)の姉・アンブル役を演じた美咲ちゃん。
105期生、上演当時は研究科3年目、97期生のひとこの8学年下です。
けれど「姉」役に違和感のない演技と佇まいでした。

それなりに大人っぽい容姿なのもあるけれど、やはり芸が大きいのだと思います。
芝居、歌はとても上手で、ダンスも素敵。
技術的に危うげないので安心して見られるし、その安心感もそれなりの年齢の落ち着きとして映る。
幼いときのままの部分を残したオクターヴを受け止める度量があります。
もちろん、ブノワやムッシュ・ボヌールらを篭絡する色香と手管も。

実は血縁関係がないオクターヴとアンブル。
オクターヴはジャコブ爺(ヒロさん)に教えられるまでその事実を知らなかったのですが、アンブルについてはわかりません。
「もし血がつながっていなかったら」と歌っていた点からは、オクターヴとの血のつながりのなさを知らなかった、あるいは失念していたという気がする。
けれど、話の流れとしては、オクターヴが自分を姉と信じ込んでいることが自分(=アンブル)への甘えにつながっていて、本来は存在しない血のつながりを共依存関係に利用しているほうがしっくりくるんですよね。

でもどちらにしてもアンブルにとっては自分が「姉」であることが大事なのでしょう。
恋人や夫婦であれば別れることもある。
母・クロエが3人の夫を持ったように。

「私たちは姉と弟なのだから」
「姉と弟、それでいいの」
「だってそうでしょ。だからずっと一緒」
「俺だけの姉さん、俺たちだけの罪」

「姉」としてあえて男女関係に踏み込まないことで共依存関係は継続され、アンブルはオクターヴにとって特別な位置に居続けることができる。
だからこそのラストのあのセリフなのでしょう。

初日観劇時、「私たちは姉と弟なのだから」と言うアンブルには驚きました。
付き合えばいいじゃん、想いあっているのだし、血のつながりもないんだから!と。
でもそうじゃないんですよね。

「姉と弟」だったからこそ、2人は共犯者になれた。
あえて「姉と弟」という関係を続けることで、親殺しの共犯者(実際には行われなかったけれど)としての特別なつながりも持てる。

2人の関係を安易な落としどころに決着させなかったので、ずっと残る話になりました。

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