らしさ・ぽさ

姉の家でスカステを見てきました。

礼くん・風ちゃんの星組95期コンビが超うまいカラオケを聞かせる『特命☆すみれリサーチ#28「宝塚のカラオケ事情を調査せよ!」<前編>』も見たんですが、それで思ったこと。

リサーチする礼くんも風ちゃんも、ものすごくドヤっていました。
2人とも研5とは思えぬほどの貫禄と、やはりドヤ感としか言いようのない感じの雰囲気が出まくっていました。
本人たちの芸風なのか、カラオケへの自信なのか、お仕事への前向きな取り組み方がドヤ感としてこちらに伝わったものなのか、同期同士ゆえの気やすさから出たものなのかはわかりません。

それはそれで素顔の一部を見れた気分で面白かったし、2人の歌はとてもいいものだったのですが、違和感に近いような不思議な気持ちになりました。
おそらくは、2人のデュエットで使った曲(タイトルは覚えてないけど、TMRとミズキナナ氏のやつ)と、風ちゃんが歌った曲(タイトルはこれまた覚えてないけどマミさんの歌)、礼くんの歌ったのがエリザの『私だけに』であるというセレクトからくるもの。

簡単に言えば、「なんで彼女らはタカラジェンヌを、男役を、娘役を、やっているのだろう」と。

  ※以下、「近頃の若いもんは…」的老人の繰り言に近い物言いになります。※


娘役である風ちゃんが男役の歌を歌い、男役である礼くんが娘役の歌を歌うことについて。

そういうセレクトをしてはいけないという決まりはないし、「あえて」そういうのをするジェンヌさんもいると思う。
で、普通(?)は「やってみたけど、男役さんってさすがですねー」「いやー、なかなかよかったよ?」とか、「娘役さんってすごいね。こんな音域出せないよ」「そんなことないです、素敵でした」みたいなエール交換的な流れになることが多いと思うんだけど、今回はそういうの一切なし。
思い切りよく歌って気持ちよく点数を出して終了。
上手い2人なので「むつかしかったー!」という部分がなかったせいもあるかとは思うけど。
(あるいは番組の趣旨から外れるからか)

でも ” あえて ” 自分とは違う性別の役の歌を選ぶ場合、「やっちゃった……ほんとはダメなんだけど、思いきってやっちゃった」的な、ちょっとしたタブーを超えているという意識があると思うんだけど、礼くんにも風ちゃんにもそういうものをまったく感じなかった。

歌いたいから歌う。
あるいはやれと言われたからやっている。
そういう、潔いといえば潔いが、「男役」「娘役」というジャンルの枠をあまり意識していないように思えた。
箍を外したふるまいをしているのではなくて、そもそもそういう箍を持っていない感じ。

そして「男役」「娘役」というカテゴリーとは逆の歌をドヤ感を全面に出しながら歌っている2人は、スカステという「公」の場で「私」のまま出演しているように見えた。
そのあたりが「新人類」っぽい感じを受けた。
(「新人類」という言い方がなんとも昔めいていて申しわけない)

私的な場ならどのようにいようと勝手なのだけれど、スカステはいちおう公的な場なので、オフステージとはいえ宝塚の性別を超えた行動に違和感を覚えてしまう。
そして疑問に思う。
「なぜ彼女(ら)は男役(娘役)になろうと思ったのだろう」「なぜ彼女(ら)は宝塚に入ろうと思ったのだろう」と。

人によって考え方はさまざまだろうけれど、私にとって宝塚は「男役」「娘役」という作られた性別から切り離しては成り立たない。
それが必要とされない東宝などのミュージカルや劇団四季などではなく「宝塚」にいるのに、性別カテゴリーを念頭に置かないような行動も不思議なら、「若いのにドヤ感」というあまりタカラジェンヌっぽくない雰囲気を思いっきり出してるのも不思議なのである。
良し悪しは面倒なので深く考えないことにするが、まずはただの疑問として。

もっとも、後者の疑問は「ジェンヌ」=「生徒」≒「成長を見守るべきプロであってプロでない者」≒「未成熟さをもつ者」、という私の意識に因る部分が大きいかも。

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