春の夜の

なんだかんだでショックらしい…_| ̄|○

昨日、瞳子ちゃんの退団発表が出て、そのときは「やっぱりか~…」くらいに感じていたのに、やはりキてはいるらしい。
じわじわきいてくるボディブロー。
いつにもましてぼんやりしております。

というのも、変な話になりますが、私はショックを受けるとなぜか和歌が浮かぶという妙なクセがありまして(ひかないでね)。

さっきから和歌が脳内をぐるぐるしているのです。

横雲の峰に分かるる心地して

この上の句だけが浮かんで消えない。
下の句なんだっけ。
出典、なによ? 古今? 新古今? 源氏?

小学館版『源氏物語』付録の和歌一覧にもないから、こっちではないらしい。
こんなときにかぎって新古今和歌集は会社に置いてきたようだし(ひまつぶし用)。困ったねぇ。

しょうがないので、ネットで検索。
やっぱりねぇよ、そんな歌。

しかし、「横雲」「峰」で検索すると出てきた歌。

春の夜の夢のうき橋とだえして峯にわかるる横雲の空(藤原定家)

これ…かな……?

意味ははっきりしない。
けれど、いろんなサイトでの解釈やらたまたま家にあった歌集の評やらを大雑把にとらえると、

春の夜のはかない夢がふととぎれて起きだして見れば、峰のあたりから横にたなびく雲が離れてゆく曙の空であることよ。

くらいのようです。
わかるようなわからないような…。

しかし、このわからなさ、なんとも言えぬとらえどころのなさがこの歌の本質なのかも。

歌中の「夢のうき橋」はもちろん源氏物語の最終帖のタイトル。
長い長い物語(現実ではない夢の中)を思わせる語です。

その「うき橋」が「とだえ」る。

そう、長い物語が終わるように、目が覚める。
瞳子ちゃんの宝塚の生徒としての長かった日も終わりを告げる。

…それでこの歌が脳内に引っかかってたのかな(なんか転化してたけど)。

約半年後、最後を迎える。
「宝塚の生徒」としての「安蘭けい」の物語の幕は下りる。

折しも春。

数年後には彼女の宝塚でのステージも遠い夢であったかのように感じるんだろうか。

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