『ダンサセレナータ』感想・2

ちえのイサアクさんとべにーのホアキンさんの話。

ホアキンのべにーはうまくなったね。物語をぶっこわす変な高笑いもなくなったし。
それはさておいて、あの人めんどくさいわー。

会っていきなり「僕と君は似ている」とかいいだしてちえイサアクに「なに言ってんの?」な扱いを受け、環境が人を作るから、とめげずにねばる。

宝塚における「僕と君は似ている」は「好きだ」「一緒になるべきだ」とほぼ同意だからな。
本人がどういうつもりであれ、愛の告白みたいなもんだ。

ホアキンの言い分。(妄想は入ってない……と、思いたい)

――俺たちは心が通じあえる2人で一緒になるべき2人だ。
ただ、今、自分は国家防衛警察で、はからずも(?)革命側の手助けをしてしまった君とは立場が違う。
でも、それは環境が違うだけで、俺たちの本質はやっぱり同じもの、一緒になるべきなんだ。

え、俺(国家側)をコケにして対立する軍(革命側とも通じている)につくとはどういうことだ。
信じてたのに。
俺の立場を知りながら、なぜ、俺にたてつくようなマネをした。
君は俺の気持ちがわかるはずなのに。だって同じものなんだから。

あの女か。
モニカ、あの女のせいか。
殺してやりたい。

でもって、最後の波止場のシーンに続くわけですね。
心が通じあってる(笑)から、イサアクがどこにいてなにをしようとしてるかはお見通し。
ああ、ストーカー。

ほんと、ホアキンは愉快な人です。
振られても振られてもくいついていく。
執念というより、ただ単に「信じてるから」。
なんでそんなに思いこみが激しいの、って、そりゃイサアクが主役だからですね。
宝塚の主役は(どんな形であれ)誰からも愛されて、追いかけ回される運命なんです。

問題は、イサアクがどう思ってるか。

この人、ホアキンに対してだけでなくて、それ以外の人に対しても感情がわかりにくい。
ねねちゃんモニカのことは気になっていて「それを確かめようとして」キスするような男で、だから本人も自分の感情がつかめないんだろう。

重いものを抱えて、よその国へ行って、そこで生きる。
外見的には飄々とした風情で。
世界の中で漂泊しているかのよう。実際、その国の生まれではないし。
銀橋でのソロも、なにかを求めて、あらがって、――感情的な位置の不安定さを感じるものだった気がする。

そういう役だからか、ちえが誰も愛していないようにすらみえてしまう(もちろんそんなことはないんだろうけれど)。

「好きにしろ」「思うようにしろ」

こうやって突き放した言葉や常に一歩引いた態度が、相手を尊重するものであり、相手をいたわる気持ちから発せられるものであったとしても、それがすんなりとこちら側に伝わってこない。

脚本の問題なのか演技の問題なのかはわからない。
でもハリーはこういう男を「ハードボイルドだ」「めんどうだけどかっこいい」と思って描いてそうだな、と思った。
「あんたって冷たいのよ」「ひどい男よねぇ」れみちゃんに言わせてるのが、観客に対するエクスキューズだろうか。
(そういう視点を持ってるだけ、マシだなとも思う。たとえばスズキケイ氏なんかに比べて)

イサアクさんは、「ルアアズール」メンバーたちに対してはともかく、ホアキンに対しては完無視みたいなもんだったと思う。
トップと2番手なのに。やりきれないなー。

が、それが世界の苦さでもあるし、これもある意味濃い関係と言えるのかも。

それはそうと、ちえべにのデュエットはよかった。
2人の声の相性がいいのか、どちらの歌も聞き取りやすい。
めちゃくちゃうまいわけじゃないけど、妙にしっくりきて聞きやすい声の合わさり方だな。

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