『RYOFU』感想・2

月組大劇場公演『RYOFU』、4月11日(土)の11時と15時半、12日(日)15時半の合計3回観ました。

貂蝉/まのん

貂蝉のまのん。まずはかわいい。
あみちゃん李儒に「絶世の器量とか」と言われるのも納得である。ビジュアルでしくじると「噂はしょせん噂だからな……」となるところ。

あまし雪蓮との並びもいい。美しい。
面長できりっとした大人びた美貌のあまし雪蓮に、丸顔でおっとり可愛らしい雰囲気のまのん貂蝉。幼さを感じる声も「妹」にふさわしく愛らしい。

貂蝉は董卓に差し出されることを告げられたときには一瞬気を失い、
「私は行かねばならないのですね」
「あの男が一度言い出したことを翻すでしょうか」
と運命に翻弄されて対抗するすべもない嫋やかな可憐さと弱さ、そして現実を把握できる賢さもある。

もし董卓に反抗しても、一族郎党皆殺しの世界観だからな……。祖先を祭る「祭祀」がなによりも重要な世界なので、ひとたび敵とみなせば子孫を根絶やしにするのである。父の使徒・王允が「ここがわれら一族の墓場」というのは間違いではない。

雪蓮/あまし

一方、あましの雪蓮。

血の婚礼で入水するも貂蝉(まのん)に助けられ、記憶を喪ったまま貂蝉の姉・香澄として過ごす。
年齢ゆえか認知の衰えが出た祖母・王慈寧(みとさん)には本物の孫として認識されているが、王允たち家族もそれを受け入れている。
親への孝養がなにより大事にされている世界での温かみである。
(だからこそ、親代わりのヤス・丁原を殺した呂布は人でなしとみなされるわけだ)

王允に貂蝉との入れ替わりを提案し、断ろうとする王允に「美貌の貂蝉を名乗るには私では不足でしょうか」と言い放つところは雪蓮の頭の良さと度胸の良さを見せてかっこいい。
(雪蓮と貂蝉っていい百合だな……とか思ってしまうのはただの病気である)

董卓を相手に「余さず召し上がれ 甘美なこの身を」と誘いかける場面は、ダンサー娘役の面目躍如。華やかさと色気を見せつつ、あましの持ち味として気品を失わないのもいいところ。

董卓/おだちん

董卓、肝臓悪そう。
ていうか時間経過とともにどんどん悪くなってくのか。
貂蝉=雪蓮のあましを寝台に引き入れるところ、こんなに色気のあるおだちんを見る日が来ようとは。

とてつもなく悪いのであるが、なにせタカラジェンヌなので基本はキレイなのである。
キレイな悪役ってみんな好きだからねえ~~~~!

たぶん歴史上最も美しい董卓でしょうが、怖さも失わない新しい董卓でした。
董卓も赤兎馬の魔力で悪くなっていったのかな?

呂布/ちなつ

赤兎馬に魅入られて、婚礼の日に丁原一族を討ったちなつ。
雪蓮と会い殺されようとするも、河に身を投げた妻を見つけることは叶わなかった。

その妻に酷似した王允の娘・貂蝉(実は雪蓮)を目にしての動揺や、彼女を手にかけようとした董卓を殺害するところ、雪蓮が記憶を取り戻すよすがが自らのしてきたこととつながる罪深さ――。
感情の動きが繊細で、フィクションを極上のラブストーリーに仕上げている。

呂布の浴びる血で記憶を取り戻すところなんて、栗ちゃん、えぐいわ……天才すぎないか。

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