『桜嵐記』東京楽を見たんだ

月組公演感想,月組

思い出したように、8月15日にライブ配信で見た『桜嵐記』東京楽の感想を書き残してみたりします。

そう、『桜嵐記』東京千秋楽は奇しくも終戦の日。
戦前・戦中に国や天皇家への忠誠心の涵養として扱われてきた(らしい)楠木正成・正行親子らの話なのですが、ヒロさん演じる後醍醐天皇の描き方と怪演、呪いの示し方に、『桜嵐記』はプロパガンダとしては使えんよなー、と思う。

このバランス感覚や現代性にほっとした。
作品には力があり、人の感情を動かすものだから。
作品のもつ思想性はいい方向にも、悪い方向にも作用する。

三男・正儀(れいこちゃん)なんか、後醍醐天皇に支配された後村上天皇(ありちゃん)たちに「呪いにとらわれた阿呆ども」みたいなことを言うのは毎回痺れる。ああ、言っちゃったよ……って思う。

ありちゃんの後村上はけして暗愚でもないのだろうけれど、貴族たちを振り切れる強さもないのだろう。
それこそ後醍醐天皇のように狂気に支配されていたら、あるいは他人のことを思いやらずにエゴに走れていたら、また違っただろうに。

・たまちゃんの「姫君、飯炊きも板についてきました」に首を横に振るちなつ正時さんの表情がくっそ可愛かった。
「兄貴、なに言うとんの……?」みたいな。

いけしゃあしゃあと内侍をおだててる正行さんも、いい棟梁である。

・たまちゃんの腕の中で死ぬちなつに月雲を思い出した。
たまちなーーーーー!!

・たまちゃんの正行は最高の役だった。
退団公演なんて一昔前は駄作で当然(だって駄作でもお客は入るから)なんて言われていたのに、作品がよくて主人公としてかっこいいなんて素晴らしい。

武士として戦う場面の荒々しく雄々しい姿は言うまでもなく、宮中に参じた場面の優美さもいい。
恋に溺れる人ではなかったので弁内侍との色恋の場面は少なかったが、抑えた中に情を感じさせるのがたまちゃんに似合っていた。

最後の戦いとなった四条畷。
舞台の上下から風をあおり、桜吹雪が舞う中で血しぶきを思わせる赤のライティング、ざんばらに髪を振り乱して二刀流で鬼人の如く戦う珠城正行の凄絶に美しかったこと。
舞台演出の素晴らしさと合わせて、後世に伝えていきたい場面である。

・瀕死となった正行に「お前は生きて落ち延びられる」と声をかけられた月城正儀の演技がよかった。
一瞬、頭のなかが空っぽになり、兄・正行の死を受け入れられない気持ちと、次期棟梁としての務めを果たすべきとの気持ちに引き裂かれているのが、見ていて辛かった。

からんジンベエのストレートな感情表現が、正儀にとっても救いだっただろうなと思う。

・さくら内侍、足を痛めた歩き方うまい。
「靴擦れしたときとか、こういう歩き方になるよね!」とこちらの足の痛さを思い出すほど。

さくら演じる弁内侍は、お姫様らしからぬお姫様という造形。
女官だけあって上品ではあるのだが、捨て身で高師直の首を取ろうとする破滅的なところもある。
(この破滅性が自分と重なって、すげーわかるけど厄介なやっちゃなぁ、と思ったりもする)

深層のご令嬢として育っていないためか、あるいは正行の命の短さを感じていたためか、弁内侍から想いを伝えてくるのもいいところである。

情緒のない言い方ですが「で、ヤったんですか?」というのは最後まで気になった(笑)。
あの場面、戸外ですよね。まさかやらないよね?
でも奥の方に引っ込んでく感じの動きだったしな、なんかお堂とかあったり……?

『ル・サンク』の脚本を読んだかぎりではおやりにはなってなさそうだったんだけど、最後だし、せっかくだしさぁ……的なことを思ってしまうのよ。

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