『NINE』感想・3

月組シアター・オーブ公演『NINE』9月11日(金)11時公演と、26日(土)15:30公演を観ました。11日は現地、26日はライブ配信です。

内容を理解しきれないし、何度見ても受け止め方が変わりそうな作品です。
自分のクセとして、すべてを解釈して一つ一つに注釈をつけたくなるのですが、それが正しいかどうか。
できればグイードや周囲の女性達の言動に整合性を持たせてすっきりしたい。どのセリフはグイードの妄想で、記憶で、あるいは演劇的な演出で、どこは実態のある女性のセリフで……と、きっちりと把握したい。
ですが、この混乱や昏迷こそがリアルな演劇の味わいであり、また混乱と狂騒のなかにあるグイード自身の心理表現なのかもしれません。
頭の中が鳴りやまない感じは、なんとなくわかる。

あえて「わからせない」演出もしてますよね。
女たちがいっせいに話し出したり、外国語で怒ったり。
このわからなさが、グイードの内面の混乱や状況の混沌を示しているのでしょう。

サラギーナ/桃ちゃん

桃ちゃんのサラギーナが最高である。野生的な美を娘役がここまで演じるとは。
歌もダンスも視線の強さも愛も。
渤海に続く強々系女役で最高でした。大ナンバーもあるし。

リトル・グイード(みうみん)とサラギーナのあいだに性交渉があったかどうか問題。
ついったーでは「性交渉があった」説も「ダンスを見ただけ(でも周囲は誤解した)」説も両方見ました。
どちらの説も肯いたくなるものでしたが、私としては「あった」説を取りたいかな。

ひとつには、前楽で見た、サラギーナを前にしたみうみんリトル・グイードの表情の変化ですね。清らかで無知な少年が「男」になるように感じた。
もうひとつには周囲のダンス。
布越しにうごめく手足のセクシャルさは、性的なことを示しているように思える。

1幕終わりにリトル・グイードがサラギーナに手を振るのと、2幕終わりに40才のグイードが妻に手を振るのとはリフレインになってるんだなと、2回目に見たときに気づきました。

クラウディア/ぱる

女役のぱるはとてもきれいでした。
ちょっとかれーちゃんみがあるな。
元々の音域がソプラノなのかな? 歌もよかった。
主演のちなつを超える長身だけど、あちらの女優さんならそんなこともあるかなと。

ぱるが演じるクラウディアは女優としての華やかさを持ちつつ、きちんと演技を学びたい、きちんとした生活をしたいと考える地に足のついた女性。
けれどグイードは彼女の表面的な華やかさと過去の栄光しか見ようとしない。
グイードにとって彼女がミューズであるのは間違いないとして、彼女が求めているのは今のグイードではないし、グイードが彼女の理解者でもない。内面に興味がない。
グイードは自他の境界があいまいだから自分の望みは他人の望みだと考えるし、自分の気持ちと他者の感情を分けられない、要は幼稚なのである。

グイードへの優しさもありつつ、大人の女性としての佇まいや、新たなパートナーとの生活のうちに培われたであろう自尊心のさまが凛として美しかったです。

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