ちなつは異例のトップスターである。
92期、現在は研21。
中卒とはいえ高学年、最年長のトップスターである。トップ就任も遅かった。
そもそもが、若手から中堅にかけて、おそらくは将来のトップとは目されていない存在だった。
もっといえば番手格になってなお、将来は見えなかった。
月組配属。
若手時代は同期のほうが扱いがよかった。
トップスターへのステップとなる「新人公演主演」。
ちなつはこの「新公主演」をそもそもしてるのかどうか……というライン。
役付きも2期下のたまちゃんのほうがよかった。
『月雲の皇子』をはじめとする下級生主演の公演で、誠実に舞台を務めていた。
みりお時代に花組に行って、たまちゃん時代に月組に戻って。
これはみりおがちなつを呼び、たまちゃんが月組に呼び返したと噂されている。
実際のところは明らかにならないだろうが、ただ、ちなつの好かれ方からしてありうる話だとファンが納得しているところ。
「将来トップになるために」「番手としての経験を積むために」組替えしたとは、たぶん思われてなかった。
トップスターを精神的に、技術的に支えるために欲されてたと思われていたというのが、ちなつの路線としてのファンからの目線であり、人徳でもある。
だから、集合日が常に恐れられていた。
上級生になって、いつ卒業がくるかわからなくて。
ずっといてほしいと思っても、宝塚は永遠にいられる場所ではない。
下級生のたまちゃんがトップになり、れいこちゃんがトップになり。いつ退団発表があってもおかしくない。
いい役がつき、あるいは主演公演が決まれば喜びの中にも「餞別では」と恐れられる。
だって、「トップになる」なんて確証はなかったから。そしてもしそう思っていても口にはできなかった。
仮に「将来、ちなつはトップになるよ」と言ったとして、「新公主演もしてないのに」「下級生のほうが番手が上だし」と反論がくることは想像にたやすい。もっと相手の口が悪ければ「調子に乗るな」「夢見すぎ」と返ってきただろう。
それでもちなつは人気があった。
この「人気」も、他の路線男役を脅かさない立ち位置のあやふやさ起因する部分はあったにせよ、長年かけて培った舞台の実力は無視できない。そして、舞台でセンターやほかの役者を食わないマナーの良さも大きかった。
さらに、人事的な流れもある。
94期生のトップたまちゃんの退団を前に、次期かとも思われた89期みやちゃんが先んじて卒業。
後を継いだ95期れいこちゃんは腰に爆弾を抱えていた。長期は難しい。
さらに、裏の取れない話でいえば、れいこちゃんの前に落下傘でトップがくるという噂もあった。(組替をご本人が断ったという噂)
このどれかがずれていたら、ちなつがトップになる時間があったかどうか。
トップスター就任は研究科19年目のとき。
平成以降、歴代最年長の記録での就任という異例の遅さだった。
ちなつがトップに就任する前の宝塚は嵐の中にあった。
コロナ禍があった。
宙組娘役が亡くなった事件があった。
舞台を上演できない期間も多く、宝塚自体が揺れた。生徒の心も揺れていただろう。
ちなつは、その中でトップスターに立つにふさわしい人物であった。
上級生である。温かさと冷静さを備えている。人徳がある。もとより月組出身で組子にもなじみがある。
真ん中が揺るがない幹であるからこそ、周囲も安心できる。
就任から卒業までは大劇場で4作。
学年を考えれば相応だろう。3作でもおかしくない。
そこを4作務めることになったのは、ちなつの実力と人気もあるだろう。
卒業を前にして、まだまだちなつで観たい作品がある――というのは、贅沢な想いである。いい役者であり、いいスターだったということだ。
ちなつの長い宝塚人生で役に恵まれていたのはもちろんのこと、ちなつ自身が役を生かしきれる舞台人だった。
『RYOFU』の呂布の凄さは言うまでもないが、どの役もちなつが演じるなら観たいと思えた。信頼できる役者だ。
悔いがあるとすれば、花組時代の『Ernest in Love』のアルジャノンを見逃したこと。ほかとは違う役作りで評判をとっていたので。
さて、そんなちなつも宝塚人生の最後が発表されてしまった。
卒業の日まで、どうか飄々と、楽しく舞台を生きてくれますように。

コメント