生玉原作本

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今さらですが、小学館から出ている『近松門左衛門集2』を借りてきました。
「生玉心中」が載ってます。

3段組みになっていて、本文が真ん中にあり、頭注がつき、下段が現代語訳となってます。
文字数が多くて大変ですが、現代語訳があるのでわかりやすい。
ていうか、訳と注がないとさっぱりわからん……修飾や言葉遊びが多すぎて。

それに言い回しや表現が今とは違うからね。
水もしたたるいい女とでもいうか、つやつやした魅力的な女であるさがを表現して「さがは濡者ぢや、油壺から出すよな女房」と書かれてます。
現代的な感覚では「油壺から出」した女はベタベタして気持ち悪そう。

舞台版になる『近松・恋の道行』とはいろいろ違って、その差が面白いです。

・当然ですが、近松さんは出てきません。

・当然鯉助も出てきません。
お蝶もいません。

・そもそも遊女屋のシーンは皆無です。

・小弁ちゃんは出てきますが、単なるさがの妹女郎。
心中事件とも赤穂浪士とも無縁です。

・もちろん清吉も出てきません。

・ついでにあやめも出てこないし、仏生会のシーンもありません。

・嘉平次とさがは最初からできてる設定です。見初めの場面はありません。

・さがは湯女あがりで、そのころ嘉平次と長作はさがをめぐって大喧嘩をし、それが縁で仲よくなった――とは嘉平次の言。
(ケンカがもとで仲良くなるとは少年漫画か?)

・長作はまださがに未練がある様子。

・生玉神社でさがとふさが言い合うシーンはありません。

全体に、舞台での2幕あたりの話が中心ですね。
生玉神社での逢引、大和橋の出店でのやりとり、道行の3つのシーンで構成されてます。
トントンと話が転がってゆき、あっという間に心中してしまうので、ダイジェスト版をみている気分です(話が逆なのはもちろん承知)。

大きく違ったのはさがの性格。

特段目立った信仰心はないし、生玉神社へ参詣するのは間夫の嘉平次と隠れて逢うためです。
そのために初見の大和の客をけしかけるあたり、女郎としての世知に長けています。

しかも間夫の嘉平次と会うためとはいえ、大和の人を「野暮な男」呼ばわりし、「私は頭痛がするから席をはずす、適当に相手をして酒を飲ませておいて」――と茶屋の人に言うあたり……すごいです。
売れっ子です。
その道のプロです。
手慣れまくってます。

『近松~』はそうとう宝塚仕様にアレンジしてあるのだなぁと感心しました。
舞台版のさがは白くて清くて誠のある女、だもんな。
とってもヅカヒロイン。

さがのかっぱ云々の見せ場は原作のほうにもあります。
ただし「かっぱ」という言葉を使わず、桐油( “とい” と読む)と言っています。

自分をだました長吉とケンカをしてやられた上に雨に濡れて沈む嘉平次と、勤めゆえに共に濡れることもかなわぬさが。
それゆえせめてもと駕籠にある雨よけの覆いをくれるわけだ。

ただ、舞台では嘉平次はもともと笠かなにかを持ってたよね?
だから訳のわかんないことになってたんだよなぁ。

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